第267回つどいのお知らせ

皆さま

第267回つどいのお知らせです。

  • テーマ:苦しみの心にふれること――何が人を慰めるのか――
  • 講師:西川勝(大阪大学特任教授)
  • 日時:2011年12月2日(金) 13:30~16:00(受付13:00~)
  • 会場:阿倍野市民学習センター研修室
    • 住所: 大阪市阿倍野区阿倍野筋3-10-1-300
    • ℡: 06-6634-7951
  • 西川さんからご挨拶を頂戴しています。
    • 「人の苦しみは、すべて解決できるものではありません。また、その苦しみが解決だけ求めているとは限りません。耐え抜くしかない苦しみも、そこから何かが生まれてくる苦しみもあります。ただ、人はひとりでは生きられない存在であり、人が共に生きる場において苦しみを放置するわけにはいかないのです。なにが人を慰めるのか?苦しみの心に触れるということは、どのようにして可能になるのかについて皆さんと一緒に考えてみます。」
  • 2012年2月4日追記
    • 当日の講演の一部を追記しました。

    《苦しみの心》

    苦しみや痛みは心の中にあり、見えないと言われています。しかし、自分には見えないが、他人には見えるものです。
    それは、苦しむ人の表情や振る舞いで見ることが出来ます。
    苦しむ人を見て人は想像力が働き、強くあるいは弱く影響を受けます。

    そのときの想像力は、理性で処理できないこともあります。

    例えば、手術に立ち会っている人が、他人の痛みを見て、想像し強い影響を受け失神する例もあり、人の苦しみや痛みを感受しています。

    人は、他人の苦しみや悲しみを想像する力を持っています。
    苦しむ人を見て放っておけないのは仲間(同胞)意識があるからです。
    即ち、人は1人では生きていけないのです。

    昨年の漢字「絆」にもあるように繋がっているのです。
    (悲しみについても同様です)

    そして、苦しみに関心を寄せ、想像力を働かせ「苦しむ人の心にふれて」いきます。

    《心に触れる》

    「心にふれる」とは、単に身体に触れるのではなく、見えない心にふれる、ふれていく事が出来ることです。

    認知症の人は、認知症を知られたくないため、自己防衛をします。無表情・無感動などで。

    孤独となっていく認知症の人に、相手の許容量を見ながらお互いが接している感覚で、その人にふれることによって相手は変わっていきます。
    苦しみや悲しみを、表情やその振る舞いから観察し、それを理解し、心を読みながらふれて行くことにより、相手は変わっていき、その人の「心にふれる」事が出来ます。
    その人は反応し、立てない人が立ち上がり、体と体のコミュニケーションがとれていきます。
    介護ではお互いが接し、ふれ、ふれられるのが大切であり、初めて相手の苦しみがわかります。


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